靈(れい)の躰血(みち)家系圖展

家系圖展のお客様。齊藤さんが、とても素晴らしくまとめてくださりました。
27日まで展示しておりますので、もしよろしければお立ち寄りください。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3662422187152763&id=100001550539149
齋藤さんのfacebookより。
きょうの夕方は"琉球家系圖(ず)展"に、南城市前川のCafeゆーゆーらーさんまで来訪して参りました
琉球や日本の祖先同士の繋がり、そして天皇家やユダヤ等に至る様々な関係性を家系図の観点から紐解いて個人的に研究をされている博学な御友人と家系図作成者の仲村さんと言う方との催しです
沖縄の王族(第一・第二尚氏)関係、アダムとイヴからイエスまでの家系、出雲王朝に大和王朝、朝鮮半島李氏朝鮮王朝の系図、そして秦の始皇帝の使いとして来日したと言われている徐福や、(沖縄の中では人類の最も古い民族の都とも一部で言われている)我が母方の宮古の家系図などなど… 先祖、祖先は自己そして人類のルーツでも有り、その興味は尽きません
御友人の解説から、大陸から渡来した秦の始皇帝の使い"徐福"(ユダヤのシメオン族)が「スサノオ」「ホアカリ」として、日本の家系図の中に流入し合流して来たと言う事や、 ※この点は日本神話の「国譲り」や聖徳太子の系譜と繋がって来ます※
宮崎高千穂以南の、縄文・琉球の文明について記述されているとされるホ〇マツ〇ヱが人類発祥の時代の祭祀族が残した文献で、琉球の文献の中にもレビ族(ユダヤ)についても残されていると言う事、
騎馬民族(秦の始皇帝つまりユダヤ・シメオン族)が大陸湾岸まで迫って来ていた情勢に対して、時の大和王朝は自分たちの娘を大陸にやり、シメオン族と婚姻関係となった末裔を崇神天皇として大和に迎えた事や、藤原不比等(僕は齋藤なので、藤原氏は一応父方の祖先と言うことになりそうです)も、大陸から迎えたられた彼らと大和のハイブリッドで、大化の改新による古事記と日本書紀の編纂は、日本国内向けと対国外にそれぞれ向けられた歴史書の編纂であったと言う事、
※この頃の時点で高句麗や百済なども同一の混血が見られると言う事、そして琉球王国時代の按司にも朝鮮の系譜流入は見られるそうで、そもそも弥生時代の渡来有事などとは別観点から既に日本や琉球は多民族国家であったと考察できそうです。
そして、5世紀の歴史上の人物・吉備真備(きびのまきび 陰陽道の祖とも言われています)が当時の中国・唐に留学した折に出会った漢詩を、解読した際の方法が、かな50音の配列やカタカムナの法則と関係している事、
また、沖縄の古人由来記の中の久高島の系譜に当たる部分に一万七千八百二年(前に存在していた?)と言う記述が残されている、つまり人類の少なくとも3回滅亡以前の祖先の記録が琉球の歴史に残されているのではないか?と言う可能性がある事など、様々に解説頂き非常に有意義な時間を過ごす事が出来ました
※この辺りの民族の移動についてはDNAの出土等によって科学的にかなり明らかにされて来ており、今に始まった事では有りませんが歴史上争いに降伏した勢力の史実が隠匿されると言う形で琉球と縄文の情報は隠されて来たそうで、今後それらの情報も本土の神社等含め様々な所から公開され始める流れとなっているとの事でした。
※敢えて全て載せませんでしたので、ご興味ある方は27金曜まで開催していますので是非ご来訪されて見てくださいね
※大切なポイントは、祖先ルーツへの理解と、明らかになった真実を受け入れた上での統合の準備だと思っています。
※伺ったお話しに私の認識、主観が含まれているかも知れないのでご興味有る方は少しずつお調べになってみてください。
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